例年2月と3月のドル円は円高に振れると言われます。そのおもな根拠とされるのが「米国債の償還」と「日本企業のレパトリ」です。
2月3月は本当に円高か?
まずは下のグラフをご覧ください。
仲値数値参考:三菱UFJリサーチ&コンサルティング 作図:トレマト
これは2012年以降の三菱東京UFJ銀行のドル円の仲値からふたつの値を抽出したものです。
棒グラフ左はドル円の「2月初めから3月末の差」額です。単位は円。2月初めの値より3月末の値が高ければプラス方向に棒グラフが伸び、円安に振れたことがわかります。マイナス方向に伸びたら円高です。
棒グラフ右は「2月15日から3月末の差」額です。例年2月15日は米国債の償還日であり、その日の仲値に比べ3月末の値が小さければマイナスとなり、円高に振れたことがわかります。つまり償還した米国債のドルを円に転換した影響を推測することが可能です。
グラフを見ると2015年までは円安に振れ、2016年からは円高に振れています。
どうやら2月3月は必ずしも円高の特異月ではないようです。
念のため2014年から2018年まで5年間のドル円仲値の年間最安値を調べたところ、こちらも2月3月に集中しているわけではありませんでした。
仲値数値参考:三菱UFJリサーチ&コンサルティング 作図:トレマト
ではなぜ「米国債の償還」や「日本企業のレパトリ」が根拠とされてきたのでしょう。
米国債の償還と円高
米国債の償還・利払いの大きな山場は例年2月15日と8月15日に訪れます。これによって得られたドルを円に転換することにより円高が発生するとされています。年度内に決済するため2月15日以降から3月末にかけ円転需要が高まるというわけです。
日本は米国債の“大口需要家”であるため、なんらかの影響があると考えられているようです。
下のグラフは「3月末ドル円仲値との差額」に「米国債(入札額ー償還額[単位100億ドル]):オレンジ色」を加えたものです。入札額は2月15日~3月31日のものを、また償還額は2月15日のものをそれぞれ集計しています。入札額より償還額が多ければマイナス表示となり、円転による円高圧力が高まります。
一方入札額が償還額を上回ればドル需要が高まりドル高圧力へとつながるはずです。
仲値数値参考:三菱UFJリサーチ&コンサルティング 米国債数値参考:出典:Klug 作図:トレマト
2012年から2016年までドル円と米国債はシンクロしています。7回中5回約70%の一致率です。
2017年と2018年はほかの要因が作用したようです。
スポンサーリンク
日本企業のレパトリと円高
レパトリとは「レパトリエーション」の略。海外の投資収益を本国に戻すことを言います。決済通貨の主軸であるドルで得た収益を円に転換するため円高が発生するとされます。前項の「米国債の償還」もレパトリの一種です。どの国においても多国籍企業によるレパトリが発生します。日本企業は年度決算を採用しているケースが多く3月末に向けレパトリが顕著となるわけです。
経済が堅調な年は、日本企業も好決算が見込まれ、多額のドルの円転により円高圧力が高まる仕組みです。
下のグラフは「3月末ドル円仲値との差額」に「工作機械統計:外需受注:前年比伸び率(前年値)[単位%相対値として表示]):紫色」を加えたものです。
前年の外需受注が好況であれば翌年3月の決算に好影響が出るはずです。受注の伸びは円転による円高につながると推測しました。
仲値数値参考:三菱UFJリサーチ&コンサルティング 工作機械統計参考:出典:「工作機械統計」日本工作機械工業会 作図:トレマト
しかし予想に反し一致率は7回中3回約40%でした。ほぼランダムとも言えます。要因としての影響力はさほど高くはないようです。
政治経済というもうひとつの因子
さて、2月3月の円高説のおもな根拠とされる「米国債の償還」と「日本企業のレパトリ」の概要を述べてきましたが、実際のところ、100%の一致率を見るまでに至りませんでした。
どうやらほかにも根拠となる要因がありそうです。
そこで各年2月3月時の政治経済状況をチェックしてみました。当該時期にいったい何があったのか。そこからおぼろげな因果関係が見えてきました。
2012年の状況
前年、ギリシャのデフォルト懸念に端を発したユーロ圏の債務危機が世界経済に信用の収縮をもたらしていました。2011年10月31日には
早朝に一時1ドル=75円32銭の戦後最高値を更新(ドル最安値)
出典:Wikipedia
しています。
その尾を引いていたのか2012年2月2日木曜日に仲値は76.13円と戦後最高値レベル(2012年では最高値)まで再び沸騰します。しかし2月14日、日銀が当時実施していた「資産買い入れ基金」の総額を55兆円から65兆円に拡大すると報道されます。これが功を奏する形となり市場はリスクオンへと動き、結果的に4円前後の円安につながったようです。
政治因子の発動です。
2013年の状況
1月16日水曜日には仲値が88.54円まで円高に振れます。しかしこれは当時の甘利経済再生相が前日に円安を否定する失言をしたため。米国の失業率が最悪期を脱するなど、世界経済の大きな流れは回復傾向にあり、その後順調に円安方向へと向かいました。
政治因子(政治家の不用意な発言)の揺り戻しです。
2014年の状況
中国の成長率の鈍化が懸念される中、1月のドル円は高いボラティリティを示しました。米国ではQEの縮小が発表され、経済の回復は顕著となりましたが、潤沢にあふれていた資金が引き上げられるとの懸念から市場参加者はかえってそれをリスクオフと感じたようです。
好材料あり、悪材料ありの状況から、2月末時点では円高に振れていますが、3月末には市場は落ち着き円安へと戻しています。
政治因子(金融引き締め)の揺り戻しです。
2015年の状況
2月13日には米国のS&Pが最高値更新します。またナスダックも15年ぶりの高値を記録。株式市場は完全に復調しました。前日2月12日にウクライナとロシアとの間に停戦合意が成立したことが好材料となったようです。ギリシャの債務問題も解決に向けて前進するとの見方が広がりました。
ドル円の仲値は2月5日木曜日に117.27円まで円高に振れますが、その後は順調に円安へと向かいます。
政治因子(地政学)の評価です。
2016年の状況
「2月3月円高説」に反しての円安状況はこの年に一変します。
1月29日に日銀がマイナス金利を発表し、2月1日月曜日に仲値は121.17円となりました。
しかし2月9日にドイツ銀行の信用不安がにわかに高まります。シュールガスの台頭から原油安が起こり、エネルギー関連企業の不良債権が膨らむと懸念されたことが発端でした。
これにより2月末には大きく8円近くも円高に振れる結果となりました。
経済因子によるものです。
2017年の状況
2月24日に米国のダウ工業株30種平均が過去最高の2万821.76ドルを記録します。市場はリスクオンに傾いていました。
しかし3月15日、米国の連邦公開市場委員会(FOMC)が政策金利を0.25%引き上げ0.75〜1%としました。前年12月に続き2回目の利上げとなり、明確な利上げ方針が見えてきたことで市場の気分は金融引き締めの懸念からリスクオフへと変化します。ドル年は3月10日金曜日115.22円の高値から3月27日月曜日110.44まで下落(円高)します。
政策因子によるものです。
2018年の状況
米国雇用統計が堅調だったことで当局の金融引き締めを懸念。長期金利が上昇したことから、企業の資金調達、個人消費への悪影響が浮上しました。
2月5日、ダウ工業株30種平均の終値が前週末比1175ドル21セント安の2万4345ドル75セントとなり、史上最大の下げ幅となった(従来の最大記録は2008年9月29日の777ドル68セント)
出典:Wikipedia
また3月22日にはトランプ大統領が中国に高率関税を課す制裁措置を正式表明。米中間のいわゆる「経済戦争」の火ぶたが切られたことも市場心理を冷え込ませました。
政治経済が大きく作用しました。
まとめ
2012年から2018年の変化を追うと、2月3月のドル円にはつぎの力がバイアスとして働いていることが推測できます。
[st-midasibox title=”ここがポイント” fontawesome=”fa-bullhorn” bordercolor=”#000000″ color=”#ffffff” bgcolor=”#faebd7″ borderwidth=”3″ borderradius=”0″ titleweight=”bold”]
2月3月のドル円は政治経済の動向に大きく左右される。
[/st-midasibox]
当然といえば当然の結果でしょうか。
ただ2月3月は当年と次年度を占う上で過剰に注目される傾向にあると思われます。小さな変化でも、大きな動揺や期待を引き起こしやすいのかもしれません。
2019年は英国の「同意なき離脱」、米国の長引く予算案の不成立(政府機関の閉鎖)、プーチン大統領の支持率低下、くすぶり続ける米中の経済対立(中国経済の減速)など不透明な材料が散見されます。
注意深く推移を見守る必要があるでしょう。
コメント